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初心者でも分かる!イスラエル十二部族!

映画や小説、ゲーム、それにニュースでも、ときどき「イスラエルの十二部族」という言葉が出てきます。私も最初は「十二もある部族って、いったい何のこと?」とさっぱりでした。でも一度その成り立ちを知ると、ユダヤ教やキリスト教の物語、さらには「ユダヤ人」という言葉の由来まで、するすると線がつながっていきます。この記事では、十二部族とは何か、どんな顔ぶれなのか、そして今の世界とどうつながっているのかを、初心者向けにやさしく整理してみました。

ポイント3行

  • 十二部族は、ヤコブ(別名イスラエル)の十二人の息子から始まったとされる、古代イスラエルの十二の大きな家族集団のこと
  • 系譜や名前の由来・祝福は「旧約聖書が伝える物語」、王国の分裂や捕囚は「歴史でおおよその年代が分かる出来事」。この二つを分けて読むのがコツ
  • のちに北の十部族は姿を消して「失われた十支族」となり、南に残ったユダ族から「ユダヤ人」という言葉が生まれた

まずは大前提:物語と歴史を分けて読む

十二部族の話に入る前に、いちばん大事なことを先に伝えておきます。それは、この話には性質のちがう二つの層がある、ということです。

ひとつは、旧約聖書が物語として伝えている層。ヤコブの十二人の息子、それぞれの名前の由来、父からの祝福といった話は、すべて「聖書という古い書物にこう書かれている」という枠の中の話です。古代の人々が大切に語り継いできた信仰の物語であって、一人ひとりの存在やエピソードが考古学で確かめられた事実、というわけではありません。じっさい多くの研究者は、「十二の部族が一人の先祖からきれいに枝分かれした」という形は、後の時代に整えられた民族の出自の物語だと考えています。

もうひとつは、歴史としておおよその年代が分かる層。後で出てくる「国が南北に分かれた」「大国に滅ぼされて連れ去られた」といった出来事は、聖書だけでなく周りの国の記録や発掘からも、だいたいの時期が分かっています。

なので私はこの記事を、系譜や名前・祝福は「聖書の物語では…」、年代の話は「歴史的にはおおよそ…ごろ」と、はっきり分けて書いていきます。ここを混ぜないのが、誠実で分かりやすい読み方です。

すべては「ヤコブ」から始まった

旧約聖書の物語では、まずアブラハムという人が神に選ばれ、その子がイサク、さらにその子がヤコブ、と三代の族長(一族のかしら)が続きます。このヤコブこそ十二部族の父です。

物語の中で、ヤコブはある夜、川のほとりで謎の存在(神、あるいは神の使いと書かれます)と夜明けまで組み合って格闘します。ヤコブが「祝福してくれるまで離さない」と食い下がると、相手は彼に新しい名前「イスラエル」を与えました。これは「神と闘う者」といった意味だと説明されます。だからヤコブの子孫は「イスラエルの子ら」と呼ばれ、もとは一人の人の別名だった「イスラエル」が、やがて民全体、そして国の名前にもなっていったのです。

ヤコブには十二人の息子がいて、その一人ひとりが部族の祖になりました。母は四人。二人の妻レアとラケル、そしてその二人がそれぞれ連れていた召使いのビルハとジルパです。

立場 産んだ息子(部族の祖)
レア ヤコブの妻 ルベン・シメオン・レビ・ユダ・イッサカル・ゼブルン
ラケル ヤコブの妻 ヨセフ・ベニヤミン
ビルハ ラケルの召使い ダン・ナフタリ
ジルパ レアの召使い ガド・アシェル

このあと聖書の物語は大きく動きます。ききん(食べ物が足りなくなること)をきっかけに一族はエジプトへ移り住み、長い年月のうちに苦しい奴隷の立場に置かれます。そこからモーセという指導者に率いられて脱出したのが、有名な「出エジプト」。荒れ野の旅を経て、次の指導者ヨシュアの時代に、彼らは約束の地カナンへ入り、そこを部族ごとに区切って分け合い、定住していった――というのが大きな流れです。

十二部族をひとりずつ紹介

ここからは、それぞれの部族をやさしく見ていきます。名前の意味は、聖書がその場面で説明している語呂やいわれです。

レアの子たち(六部族)

十二部族のうち、半分はレアの系統です。

部族 名の意味(聖書の説明) 象徴・エピソード
ルベン 「見よ、息子だ」「主が私の苦しみを見た」 ヤコブの長男。父の寝床を汚す過ちのため、長男の特権(長子の権利)を失ったと語られる
シメオン 「(神が)聞いた」 妹の事件でレビとともに町を襲い、のちユダ族の土地の中に散らばる小さな部族になった
レビ 「結びつく」 のちに神に仕える祭司の部族へ。モーセやアロンを出す。自分たちの領地は持たない
ユダ 「賛美する」 獅子を象徴とし「王権はユダを離れない」と最も力強く祝福される。ダビデ王の家系
イッサカル 「報い・雇い賃」 骨太のろばにたとえられる働き者。肥沃な平野に根ざした農の部族
ゼブルン 「住まい」 「海辺に住み、船の港となる」と祝福される、交易・海運の象徴

特にドラマがあるのが最初の三人です。長男ルベンは、本来なら家を継ぐ一番の立場でしたが、過ちのためにその権利を失ったとされます。三男レビは、創世記では「怒りが激しい」と叱られるのに、別の場面では一転して「律法を教え、神に仕える祭司の部族」として厚く祝福されます。そして四男ユダは、獅子の象徴とともに王の家系を約束され、のちのダビデ王、さらには「ユダヤ人」という言葉そのものにつながっていきます。レビが祭司、ユダが王、という役割分担が、この六部族の核になっています。

召使いビルハ・ジルパの子たち(四部族)

子に恵まれなかった妻たちが、自分の召使いを通じて得た子から出た部族です。

部族 名の意味 象徴・エピソード
ダン ビルハ 「裁く」 蛇にたとえられる。土地が手狭で、南から北の最果ての地へ移り住んだ。力持ちサムソンの部族
ナフタリ ビルハ 「私の争い」 「放たれた雌鹿」にたとえられる。北のガリラヤ地方に住んだ
ガド ジルパ 「幸運・軍勢」 攻められても反撃する戦士の部族。ヨルダン川の東側に土地を得た
アシェル ジルパ 「幸い」 「足を油に浸す」と言われる豊かな土地。オリーブ油の産地

「ダンからベエルシェバまで」という言い回しが、国の北の端から南の端までを表す決まり文句になったほど、ダン族の移り住んだ町は「最北の地」として知られました。ガド族はヨルダン川の東という、敵に攻められやすい土地に住んだので、勇敢な戦士の部族として描かれます。

ラケルの子たち(ヨセフとベニヤミン)

ヤコブが特に愛した妻ラケルの子たちは、物語の中でも目立つ存在です。

部族 名の意味 象徴・エピソード
ヨセフ(エフライム・マナセに分かれる) 「(神が)加える」 エジプトで宰相にまで出世し、ききんから一族を救う物語の主人公。二人の息子がそれぞれ部族の祖になった
ベニヤミン 「右手の子」 末っ子。母ラケルは出産で命を落とした。初代王サウルを出す。のち南のユダ王国に残った

ヨセフは、兄たちにねたまれてエジプトへ売られながらも、知恵と誠実さで国の宰相にまで出世し、ききんのときに家族を救う――という波乱万丈の主人公です。おもしろいのは、ヨセフ自身は「十二部族」の一つには数えられないこと。年老いたヤコブが、ヨセフの二人の息子エフライムとマナセを自分の子のように引き取って祝福したため、「ヨセフの分」が二つの部族に分かれたのです。末っ子ベニヤミンは、生まれたときに母ラケルが亡くなり、母は「悲しみの子」と名づけましたが、父ヤコブが「右手の子」と呼び替えました。

「十二人なのに十二部族」? 数え方のふしぎ

ここで多くの人がつまずく謎にふれておきます。息子は十二人。なのに土地を分けるときの部族も「十二」で語られることが多い。普通なら息子が十二人ふえたぶん、部族も土地も十二のはずですよね。じつは、ここに二つのしかけがあります。

ひとつは、祭司の務めに専念するレビ族が、自分たちの領地を持たなかったこと。レビ族は土地のかわりに、各地に散らばる町々(聖書では四十八の町とされ、そのうち六つは、あやまって人を死なせた人がのがれてくる「逃れの町」)を与えられ、全国で神に仕えました。

もうひとつは、さっき出てきたヨセフが、エフライムとマナセの二部族に分かれて数えられること。この二つが組み合わさって、土地を分ける部族はちょうど十二に保たれます。整理すると、「レビも入れて全部数えれば十三」「でも土地で数えるときはレビを外し、ヨセフを二つに分けて十二」という関係です。じっさい聖書の中でも、場面によって十二部族の顔ぶれは少しずつ入れ替わり、リストは一定ではありません。それでも合計が「十二」になるように調整されているのが特徴です。

ちなみに「十二」という数は、旧約聖書では単なる数え上げを超えて、民全体を表す特別な数として大切にされました。たとえば大祭司が胸につける飾り板には、十二部族の名を刻んだ十二個の宝石が、三個ずつ四列にはめこまれていたと伝えられます。民全体を心の上にのせて神の前に立つ、という意味がこめられていたのです。

国が南北に分かれた――そして「失われた十支族」

ここからは、おおよその年代が分かる歴史の話です。

聖書の物語では、サウル、ダビデ、ソロモンという三人の王のもとで国はひとつにまとまり、栄えました。ところがソロモンの死をきっかけに、国は南北に割れてしまいます。

北・イスラエル王国 南・ユダ王国
中心の部族 十部族(エフライムなど) ユダ族・ベニヤミン族(祭司のレビも)
最初の王 ヤロブアム レハブアム
サマリア エルサレム
その後 紀元前722年ごろアッシリアに滅ぼされ、人々は各地へ連れ去られた 紀元前586年ごろバビロニアに滅ぼされ、人々はバビロンへ連れ去られた(バビロン捕囚)

分裂したのは、歴史的にはおおよそ紀元前930年ごろとされます。北の王国は約二百年続いたあと、紀元前722年ごろに大国アッシリアに滅ぼされ、人々は遠い土地へばらばらに連れ去られました。彼らは移り住んだ先の人々にしだいに溶け込み、やがてどこへ行ったか分からなくなります。これが、のちに数々の伝説を生んだ「失われた十支族」です。ここで大事なのは、彼らが本当にどこかへ消えたというより、移住先で同化していったと考えるのが歴史学では一般的だ、ということ。世界各地の民族を「その末裔だ」とする話は、ロマンはありますが確証のあるものではありません。

いっぽう南のユダ王国も、紀元前586年ごろ(説によっては前587年ごろ)にバビロニアに滅ぼされ、人々はバビロンへ連れ去られます。ところがこちらは、約五十年後にペルシアの王の許しで故郷への帰還が認められ(紀元前538年ごろ)、人々は戻って信仰と民族のまとまりを保ちました。北が散って消えたのに対し、南のユダの人々は生きのびて戻れた。この違いが大きな分かれ目になります。「ユダヤ人」「ユダヤ教」という言葉は、この南に残ったユダ族・ユダ王国に由来するのです。

現代までつづく「十二部族」の面影

最後に、十二部族が今の世界にどうつながっているかを見てみましょう。

今のユダヤ人は、おもに南に残ったユダ族・ベニヤミン族、そして祭司の家系であるレビの流れをくむとされています。北の十部族が歴史から消えたあと、南に残った人々が中心となって受け継がれてきた、というわけです。ただしこれは「十二部族がそのまま今のグループとして残っている」という意味ではありません。多くの人は自分がどの部族の出かを正確にはたどれず、はっきり伝わっているのは主に祭司の家系くらいです。また、現代のイスラエルという国は近代に生まれた国家であって、十二部族の区分で動いているわけではない、という点も知っておくと混乱しません。

「十二」という数は、宗教を超えてくり返し登場します。新約聖書ではイエスが十二人の弟子を選んだことが、十二部族になぞらえて「新しいイスラエルを立て直す」象徴として語られることがあります。一年の十二か月や十二星座など、世界の多くの文化で「十二」は区切りのよい数として親しまれてきました。ただし、こうした意味づけは宗教や文化によって解釈が違うので、「こう重ねて語られることがある」という受け止めがちょうどよいでしょう。

ユダ族の象徴だった「獅子」も、後世に広く受け継がれました。王の家系の象徴として、エルサレムの紋章に使われ、キリスト教では救い主の象徴として、さらに遠くエチオピアの皇帝の称号にまで広がっていきました。ひとつの古い物語の言葉が、宗教や地域を超えて、これほど長く生き続けている――そう思うと、十二部族の話がぐっと身近に感じられませんか。

まとめ4行

  • イスラエル十二部族は、ヤコブ(別名イスラエル)の十二人の息子から始まったとされる、古代イスラエルの十二の家族集団。母は妻レア・ラケルと、召使いビルハ・ジルパの四人
  • 系譜や名前・祝福は「旧約聖書が伝える物語」、王国分裂や捕囚は「おおよその年代が分かる歴史」。この二つを分けて読むのが、いちばん誠実で分かりやすい
  • 祭司のレビ族が領地を持たず、ヨセフがエフライムとマナセの二部族に分かれることで、数え方は「十二」に保たれる。場面によって顔ぶれが入れ替わるのが、数え方のふしぎのもと
  • 北の十部族は姿を消して「失われた十支族」となり、南に残ったユダ族から「ユダヤ人」という言葉が生まれた。ひとつの古い物語が、今の世界にまで線をつないでいる